16/07/10 安威 おぼえていますか

南北に2本川が流れています。東に安威川、西に茨木川ですが、治水などの目的で1941年茨木川と安威川は東海道線の北、西河原で合流一本化されました。茨木のえらいところは、旧茨木川を緑地、遊歩道にしたところですね。立派な桜もたくさんあり、おかげで、旧川筋がすぐにわかるし、木陰の長い散歩道を歩くことができます。

同時に安威川流域の西河原地区では川が直線化され、西河原という地名を残しながら実は河の東側になった、と。これは話には聞いていましたが、意識して行くのは初めて。

西河原の路地です。いい雰囲気ですね。

旧川筋の堤防でしょう。これは北を向いて撮っていますので、向かって右側が旧安威川、左手がほんとの「西」河原。

西河原の古民家のねきにオミナエシ。

にらまれてしまいました。

向かって左が安威川、右が新しく開削された茨木川です。茨木川はここで終了となります。旧茨木川に戻って遊歩道を下っていくと、

かつての橋や樋(水路と考えていいのでしょうか)の碑がたくさんあります。ここにはあの古田織部の屋敷があったそうで、以前すっとびさまに教えていただいたのですが、やっとたどり着くことができました。碑の向かいには川端康成文学館。まだ入ったことがないのですが。

ここも堤防だったと思われます。左側が旧川筋。とても涼しいです。気持ちよく走れますね。
さて安威川は摂津市で大正川と合流します。大正川を遡上すると、境川との合流視点に「ガランドポンプ場跡」ってのがあります。

二つの川が合流するところは大水となるとちょっと心細いですよね。そこでポンプを使って強制的に川に排水する仕掛け。安威川と茨木川、芥川と淀川の合流点にもポンプ場があります。最初この「ガランドポンプ」ってのがわからなくて、検索しても出てこない。やっと摂津市のHPで発見。何か機械の名前かと思ったら、このあたりにあった「伽藍堂」とのことで、なーんやそれは(笑)。
「この古墳(今城塚古墳)がものすごいものなんです。(おおお、なにが!?)」
「今城塚古墳はだれの墓かわかっておらず、一豪族の墓と思われていたのですが、発掘で継体天皇の墓であることがほぼ確実となりました。」
「名だたる天皇の墓で宮内庁管轄でないものは日本全国で今城塚古墳だけ。宮内庁は発掘させてくれないので掘り放題の天皇家の墓はここだけ!」まあ!なんと!しかも入り放題歩き放題。
太田茶臼山古墳は宮内庁管轄で

ものすごい固い。よるなさわるな。
今城塚古墳には

継体でなくてケッタイさん!はにたんショップもあります(笑)。反骨ですか!?
先日ニュースにもなっていました。今城塚古墳が継体天皇の墓だと宮内庁が認定したら、立ち入り禁止になるのでしょうか。官僚的取り扱い問題は100年くらいかけてゆっくりやってほしいですね。