17/11/04 幻の川を慕いて

4 Comments
wooは宇宙船のwoo
 懸案であった川跡めぐりに行ってみたいと思います。先日ご紹介した『大阪「高低差」地形散歩 広域編』にありましたその名も「スーパー地形」なるアプリを使います。これは少しの高低差をはっきりした色の差で教えてくれるスグレモノで、調査(?)がいっきに進みます。

神埼川

 現在の神埼川は地図右手の淀川から西に流れ、北からの安威川に注ぎます。いかにも線引きましたみたいな流路ですが、これは1878年(明治11年)に付け替えられたもので、それ以前は図の水色のように淀川から北へ流れて安威川と合流していました。「スーパー地形」で見ると、かつての流路と堤防が見えてきますねー。付け替えの理由は洪水対策とのことです。
 しかしこの流路も785年に和気清麻呂によって開削されたものであると。和気清麻呂は茶臼山南側を上町台地を貫く水路を開削しようとした方ですね。土木の人。それまでは安威川水系と淀川水系は別のものだったが、以後、長岡京、平安京と吹田あたりは川で結ばれ、地域はおおいに栄えたとのことです。

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 さっそく付近をうろうろしてみます。この高低差は旧神埼川右岸の堤防と思われます。この高低差はしばらく続きます。

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 もう少し北になります。低いところは神崎川だったんですね。

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 摂津市味府神社。神社の中から外を見ていますが、鳥居の外の参道は旧の堤防と重なります。古い大きなお家とカーブがすてきです。

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 かつて神埼川との合流地点であったその名も浜町。浜があって、多くの船が行き来していたのでしょう。ちなみに流れは安威川ではなく高槻から続く番田水路です。

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 旧神埼川左岸の高低差。大阪経済大学グランドと道路の落差は2メートルくらいあります。ちょっとわかりにくいですね。グランドのところは川があったのでしょう。

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 右手の道路が旧堤防、左手の低い道は川の外側になります。

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 南下して淀川との合流点、江口の君堂。かつての堤防から一段下がったところにあります。遊女が菩薩様に変身したというお話で、聖と俗の交差する当時のとても興味深いお話です。

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 せっかくなので、淀川対岸の守口駅周辺にも久しぶりに行ってみました。京街道に重なる、秀吉の文禄堤の高低差がよくわかります。「スーパー地形」のスゴイところは「今昔マップ」とも重ねることができるところです。秀吉はなんでこんなところに堤防作ったんだろうと思っていましたが、スグソコまで淀川の流れが来ていたのですね。京阪守口駅なんかとてもあやういところを通っていたようです。

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 京街道の宿場町守口。この写真屋さんまだお元気に開業中のようです。

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 文禄堤をぶち抜いて駅前通り。堤防の断面が見られるレアな場所。上を走るは橋ではなく堤防上の京街道です。何かのイベントでしょうか。たくさんの方が歩いておられました。

 守口の旧流路跡については文禄堤以外はよくわかりませんでした。緩やかな高低差はありますがかなり均してしまったのかもしれません。また長くなってしまいましたですね。おつきあいいただきありがとうございました。


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Posted bywooは宇宙船のwoo

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すっとび  

歴史に高低差ありですね。
人は高いところでも低いところでも、はたまた川のそばだったりでも、地形と戦いながら暮らしてきたのですね。
守口市の区割をみて思ったのですが、北西部のもともと淀川だった土地は旭区が張り出して、昔の地図とぴったり合うんですね。
昔の地図と現在の地図を合わせると面白いですね。

2017/11/04 (Sat) 22:10 | EDIT | REPLY |   
woo  
>すっとびさま

ほんとうですね!かつての流路の真ん中に市境があったのですね。川の付け替えと同時に市境も変更しないのはお役所的なのでしょうか?

川の付け替えの時は大概ヒト同士がもめるのですが、明治の神崎川の時は、洪水直後でみんな流されてしまい、すんなり進んだとのこと。新しくできた土地には困窮した高槻の民が移り住んだらしいので、神崎川にはお世話になっております(笑)。

2017/11/05 (Sun) 08:14 | EDIT | REPLY |   
白雪  

地理と歴史を一挙に学べる興味深い記事!
いつもありがとうございます。
5枚目の川の風景、同じような風景を京阪電車から見た事があるような気がして、火曜日の昼間に京阪電車に乗ってずっと外を見ていたのですが、高架になってたり、景色が変わっていたりして見つける事ができませんでした。

写真も昔のフィルム風でこの記事にぴったりですね。

2017/11/10 (Fri) 13:39 | EDIT | REPLY |   
woo  
>白雪さま

 いつもありがとうございます。世界はあまりにも広すぎて半径日帰りくらいの世界を探訪しております。

 「郷土史」と呼ばれる分野は、若いころはなんの関心もありませんでした。歳をとらないとわからない面白さなのでしょうか。近所を流れる水路も、コンクリートのあまりきれいでない流れとして見ていましたが、江戸時代に洪水対策のため高槻から吹田まで開いたものと知ってからは、俄然赤丸急上昇です。水が多いと言っては争い、少ないといっては争い、ヒトと水(特に農業)をめぐるちまちまとしたご近所の歴史。郷土史本は地元図書館にたいがいあります。「スーパー地形」とともに読むと面白さポイント5倍なのです。

 写真の色はコンデジのホワイトバランスがおかしかったので苦肉の策なのでありました(笑)。

2017/11/10 (Fri) 19:29 | EDIT | REPLY |   

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